日常の一部としてのマルシェ
【ふらかつ】がフランスで暮らしていた頃、楽しみにしていたのが週末のマルシェ(市場)でした。お祭りのように賑やかでありながら、地域の人々が日々の食卓のために集まる、ごくごく日常的な場所。フランスの生活文化に深く根ざしたその空間には、フランス人らしい生き方の美学が垣間見えるシーンがたくさん詰まっています。
住んでいた田舎町(正確にはローヌ川を渡って隣町まで行くのですが)では、毎週日曜日、朝早くから小さな青空市場が立ち、八百屋が何軒か並び、その間に肉屋や乳製品屋、総菜屋、花屋、かご屋が入り混じり、所狭しと買い物客で賑わっていました。アルプス山脈周辺の山の幸に恵まれた地域でしたから、魚屋はありませんでした。
マルシェを歩くと、季節の移ろいに気づかされます。春にはアスパラガスやアーティチョーク、ラディッシュ。夏には艶やかなトマトとバジルの香り。秋にはジロール茸など様々な種類のきのこ。冬にはポワロー(ポロネギ)、カブやアンディーブ(チコリ)が顔を出します。スーパーには一年中同じ野菜が並んでいま」すが、マルシェの主役は「今しか手に入らないもの」です。そのため、メニューを事前に決めず、「今日は何が美味しそうかな?」と、目と鼻と舌で選んでいくことになります。【ふらかつ】は、この自由さが料理を創造的にしてくれる気がしていました。
取引の場ではなく、社交の場
フランスのマルシェで最も印象に残っているのは、人々の自然な会話です。こちらが「何かおすすめがありますか?」と聞けば、店主が「今日のおすすめは◯◯よ」「あと2〜3日待てば食べ頃になるわ」などと教えてくれます。もちろん、あるのは売り手と買い手の会話だけではありません。お客さん同士が挨拶を交わし、犬を連れた人が話し込み、子どもに味見をさせ、あちこちで言葉が交わされているのです。
古き良き時代の慣習が受け継がれたこの空間は、まるで活気のある劇場のようでもあります。こうした光景の中に身を置くと、「ああ、買い物って本来こういうものだったんだよな」「日本も一昔前まではきっとこうだったんだろう」と心のどこかで感じていました。単なる取引の場ではなく、ゆったりとした時間の中で人と人が心地よく繋がる社交の場。今思えば、フランス的なこの時間感覚を味わいたくて、私はマルシェに通っていたのかもしれません。
暮らしに息づく職人仕事の美学
フランスで暮らしていると、そこかしこに「生き方の美学」が息づいていることに気づきます。それは日常の暮らしの道具にまで表れていて、例えば、「普通の買い物かご」。フランス人が市場に持っていく軽くて丈夫な「Panier de marché(パニエ・ドゥ・マルシェ)」。これが実用的でいて、適度な抜け感があり、実にファッショナブルなのです。日本では「マルシェバッグ」と呼ばれ、ファッションアイテムとして流行したことがあるくらいです。
外国人の【ふらかつ】にとって、このかごはフランスのマルシェのシンボルです。マルシェ帰りの大きなかごからバゲットが見えているのを目にするたび、「自分は今、憧れのフランスで生活しているんだ」と実感しました。今ではこのかごのほとんどが旧植民地のモロッコを中心とした北アフリカで作られているそうです。でも、私は無類の、カゴ好き、職人好き。町で唯一代々続くカゴ職人さんの店で買い足すことが、自分だけの密かなこだわりでした。
暮らしの真ん中に「食べること」がある国
フランス人にとって「食べること」は、単なる栄養摂取にとどまらず、生きる喜びそのものです。マルシェで過ごす時間には、そんな価値観が色濃く表れています。フランス人は、旬のものを食べるというシンプルな行為の中にその土地の風土や人々の知恵などが詰まっていることを本当によく知っていて、それを丸ごと楽しむ術に長けていると思います。
残念ながら、今【ふらかつ】が住んでいる地域(東京都八王子市)にはそのような文化は残っていません。しかし、最近では、店頭で採れたての野菜を売る雑貨屋やパン屋をちらほら見かけます。地元の農家が直接届けている野菜ですから、新鮮で安くてありがたいです。けれども、全てが無人販売。作り手の顔が見える話が聞けることはまずありません。日本に戻ってからというもの、効率を最優先する生活にどっぷりと浸かっていて、【ふらかつ】は時折、フランスのマルシェの風景が懐かしく思い出されます。古きを守りながら新しきを受け入れる、不易と流行のバランスの良さがフランス人の良いところだと思い返しています。皆さんの町には、大切に継承されている昔ながらの市場がありますか?
おまけ・・・
写真の見慣れない野菜は、フランスの野生のアスパラ。
仏名は、Aspergette 、Asperge sauvage あるいは Asperge des bois 。
厳密にはアスパラガスではなく、緑色のつくしのような見た目をした山菜の一種です。
収穫できるのがちょうど5月の今頃で、市場に出回る時期が短く、マルシェで見かけるのは一年のうちほんの一瞬です。


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