普段何気なく使っているトイレですが、いつ頃からあるのでしょうか。
今はウォシュレットや自動洗浄など様々な機能が付いて快適ですが、昔のトイレにはそんなものは付いていなかったはず。
そして日本最古のトイレとはどんなものなんでしょう・・・
今回はトイレの歴史について少し触れてみたいと思います。
目次
トイレのはじまり
昔はトイレがなくて、我慢していた・・・なんてことはあり得ませんよね。
トイレは昔から存在していたのです。
世界的に見てみると、文明時代にまで遡るというから、驚きと同時にトイレの歴史は長いことがわかります。
遺跡から見つかった最初のトイレ、その名も「トイレ遺構」。なんだか格式高そうな名前です。
なんでもイラク北部の古代メソポタミア文明の遺跡テル・アスマルにあるものが世界最古のトイレ遺構だそうです。
それは・・・なんと紀元前2200年頃のものと言われています!
古代ローマ時代のトイレ
古代ローマでは上下水道網が発達していて、土地の水はけ用に造られた水路で川に排水するシステムとなっていました。
やがて水道が発達していくと、それに合わせて公衆トイレが作られました。
当時のトイレは流れる下水道の上に設置された座席式の便座で、その前には貯水槽があり、処理するための海綿が設置されていたとそう。
一方、個人住宅にはまだそんなものはなく、穴を掘っただけのようなトイレを使用していたようです。

こんなに古くからトイレがあったなんて驚きです。言い方は悪いですが、その辺で済ましていたのだと思っていました。
紀元前2100年頃になると、水洗トイレは一般家庭にもお目見えします。
屋外に設置されることが多かったトイレが室内になったきっかけは、エジプト文明で「トイレは中に作るべし」とのお達しがあったこと。
インダス文明の遺跡では腰掛けトイレがあったそうです。
古代ローマトイレ再現図(日本トイレ研究所公式サイトより)
中世ヨーロッパから近代ヨーロッパ
古代ローマでトイレの文化が始まったのであれば、中世ヨーロッパには進化していたと思いますよね。
しかし、そうではなく古代ローマ以前のお粗末なものでした。
路上には異臭が漂い衛生状況も劣悪で、そのせいで疫病が蔓延するといった事態に陥るトイレ暗黒の時代だったそうです。
修道院や宮殿にはトイレがありましたが、ほとんどの住民はトイレとは名ばかりのオマルのようなもので用を足していました。
”排泄物は決められた場所で中身を捨てること”という決まりはあったのですが、実際には守られておらず、窓から投げ捨てる人もいたとのこと。

中世ヨーロッパといえばベルサイユ宮殿もその頃ですが、個室ではなかったようです。
近代ヨーロッパになるとそこら中に溢れた排泄物によりペストが大流行。
これはいかんと思ったのか、下水道が急速に整備されて、1889年にはトイレの水洗を義務化しました。
日本最古のトイレとは?
日本のトイレが生まれたのは縄文時代。
川岸に杭を打ちその上に板を置くというまるで桟橋のようなスタイルでしたが、3〜4世紀ごろには家の中に川の水を引いたものが使われたようです。
これが「川屋」と呼ばれ、「厠」へと転身したという説も。
古代のトイレは自然の浄化作用に頼っていましたが、古墳時代からは集落の周りに掘を作り、敵から身を守りながらできるようになりました。
縄文時代のトイレがこちら。
引用元:横浜市歴史博物館
平安時代以降のトイレについて
平安貴族たちが使っていたトイレは、「樋殿」「樋箱」と呼ばれるオマルのようなもので、木製の箱の底に砂が敷いてあり、箱ごと捨てられていました。
この頃、高野山の寺院や民家で、谷川の水を竹筒などで台所や風呂場のに配水することで、残った水を利用してトイレの下へと流していたもよう。
原始的な水洗トイレともいえるこのトイレ、数は少ないですが、戦後の日本にも残っていました。
鎌倉時代になると、二毛作の奨励により汲み取り式のトイレが登場、排泄物は土地の堆肥として利用していました。
この頃からは武士が増えてきたため、「外で用を足している最中に襲われるかもしれない」という危機感から、トイレを室内に設置する家が増えます。
日本最古のトイレは室町時代に建立された東福寺のトイレ
江戸時代になると汲み取り式がさらに普及。
野菜と肥料の交換を盛んに行っていた江戸の町では、肥料となる排泄物は有料で取引されていきます。
捨てる一方だった排泄物がなんと商品に変貌していたのでした。

そういえば、徳川家康のために金があしらわれたトイレが用意されたけど、家康が「こんなもので用が足せるか!」と壊したという逸話もあるようです。
着物を着て用を足すのは大変だったのではないかと思います。
特に十二単なんか着ていたら、トイレにどれだけ時間を要していて、いったい何人がかりだったのだろうなどと考えてしまいます。
明治以降にトイレが大きく変わっていく
明治時代には欧米文化の影響を大きく受け、洋式の建築物が増えたことによりトイレも洋式が普及。
しかし、当時の日本で洋式トイレを設置できたのは富裕層の館や高級ホテルといった一部の限られた建物だけで、一般家庭には縁遠いものでした。
併せて明治中期には水洗トイレも登場しましたが、洋式トイレ同様に一般家庭に設置されることはなかったようです。
水洗トイレに必要な下水道や下水槽の整備がされたのは関東大震災の後です。
明治時代のトイレ(左が男性用、右が女性用)
引用元:朝日新聞
昭和になってからはこういった整備が急速に進み、30年代の高度成長期には一般家庭にも水洗トイレが普及していきます。
これに伴い、日本住宅公団が洋式水洗トイレを採用したことも手伝い、じわじわと一般家庭へも洋式化の波が訪れるのです。
トイレの未来は・・・
日本のトイレの進化は目覚ましいですよね。
衛生面や技術面でも世界的にハイレベルで、海外から日本を訪れた人の多くがトイレの清潔さや設備に驚いています。
ウォシュレットが開発されたときに驚いていたのに今では、脱臭機能や勝手に洗浄してくれたり、自動でふたが開いたり閉じたりしてくれるものもあります。
今後はスマホと連携してもっと便利になっていくようでトイレはますます発展していくようです。
「たてコデ」では、最新トイレについても知ることができますよ。
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