父のお墓参りに行って来ました。「ぱせさぽ」

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ぱせさぽです。

昨日父のお墓参りに行って来ました。

月に一度母の家を訪れている姉妹ですが、昨日はお彼岸・祝日という事もありお互い夫と一緒に4人で訪問です。

母94歳ボケているわけではないが、年齢相応の脳の機能低下とでもいいましょうか、伝えておいても忘れてしまいます。

そのようなわけで、今回も伝えておいたわけですが、実家に着くと玄関に鍵がかかっている。過去にもそんなことがあったので、秘密の入り口から家に入り母に声を掛けるも返事がなく、ベッドにもいない、家の中で倒れている?とあちこち探すがどこにもいない。急病で病院に行った?とか、頭の中をぐるぐると不安がめぐる。同居している仕事中の弟に電話を掛ける。「玄関にシルバーカーはあるかい?」と・・・。ない。「買い物に行ったんだね。」との返事にほっとした。川越からやってくる姉夫婦とは、私達夫婦が母を連れていきお墓で待ち合わせなのだが、帰ってくるのを待つしかない。

母は、案の定今日の訪問を忘れていて、天気がいいので買い物に行ってきたのだそうです。

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お墓は、さきたま古墳公園の近くにあります。

無事お墓参りも済んで、実家に戻り5人で昼食を食べました。母の食事はやわらかい物をと、いつも姉が用意してくれます。昨日は、いつもと違い5人でわいわいがやがや、姉の夫が私達の食事をふるまってくれました。

父は70代から3度の脳梗塞を患い、ついに歩けなくなりました。母はこの時からずっと父の介護をしていたのです。小さな体で老々介護はさぞかし大変だったことだろう。母はみるみるうちに痩せていきました。でも、愚痴を聞いたことは一度もありませんでした。「いいお父さんでよくしてくれたから恩返しなんだよ」といつも言っていました。そんな母が体力的に限界を迎えたころのこと。ある晩寝ていた父が「美代子、今までありがとう」とはっきりと言ったのだそうです。もう言葉もよくわからなくなっていたというのに。その数日後に父は亡くなりました。

私は、介護が出来るようにとヘルパーの資格をとったものの、ベッドから父を車椅子に乗せようとして、二人して転んでしまったこと。何かをしてあげると「さんきゅ」と言ってくれたこと。母と手をつなぎ、車からお墓へと話しながら歩く。こんな風に晩年の父とも手をつないで歩いたっけ。たくさんの思い出がぐるぐると駈け廻りました。

2016年12月2日父は他界しました。子どものように泣きじゃくる母の姿が今も忘れられません。

私が生前整理アドバイザーの勉強をしようと思ったのは、最期を迎えたその瞬間から、さまざまな手配と手続きを行なわなければならないということを目の当たりにしたからです。

こちらのブログで、少しずつ生前整理についてお話ししていきたいと思います。

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